私とピアノの悲しい歴史

バーナム教本の思い出

私は5歳でピアノを習い始めました。バイエルのほかに、バーナムという教本を使っていました。

今ちょっと調べてみたら、ピアノテクニックの本なんですね。

「屈伸」とかの、からだの動きをイメージした短い曲集で、一曲ごとに棒人間のイラストが描いてありました。

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私は、あるとき、ピアノ教室で順番を待つ間、暇つぶしに、このバーナム教本の初めの方に載っていた「はじめに」を読んでいました。

 

そこにまた、衝撃的なことが書いてあったのでよく覚えています。

「あるとき、わたしは一人の子どもが、ピアノの前に座って、楽譜どおりひたすら機械的に指を動かすことを繰り返し、それを『ピアノの練習』と称しているのをみて、とても驚いた。子どもに楽しく練習してほしいと思ってこの教本を作った」

というような内容でした。

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私、この本を使って、まさにその機械的な『練習もどき』をやっているよ

 

母の目に監視され、間違うことを恐れながら、ひたすら楽譜通りに指を動かす。間違ったところは、母が満足するまで、繰り返し弾き続ける。これこそが私のピアノの練習でした。

これ以外に、ピアノの練習ってあるの?

 

幼心に、何かダメだ、何かが違う、と感じた瞬間でした。

 

しかし結局、ピアノとのこじれた関係を修復することができないまま、私はピアノと袂を分かつことになります。

 

11歳でピアノ教室をやめる

11歳でピアノをやめた後は、ピアノに触れることはおろか、家のピアノを見ることさえ避けて、中高時代を過ごしました。

ピアノをやめるとき、親には「後悔するよ」と言われ、私も後悔することを覚悟して辞めましたが、実際にはピアノをやめたことを後悔したことはありません。

あれ以上続けても、どうにもならなかったことは明らかでした。

 

母に言わせると、「先生がよくなかった。無理しても、いい先生のところに通わせればよかった」そうです・・・いいえ、たぶん、そういう問題ではありません。

 

大学時代、ピアノを少し弾いたけれど

大学に入って、時間的にも気持ち的にも余裕ができて、私はまた、ピアノを触るようになりました。

しかし、また、母が・・・

そう、母が、

「私は何も言っちゃいけないのね。はい、言いません」

「その曲、となりの〇〇ちゃん(小学3年生)も弾いてるよ。じょーうずだよ」

 

とちゃちゃを入れ、不快で、傷ついて、

私はまたピアノを弾くのをやめました。

 

ピアノさん、しばらくぶりですね

今回は、その時以来のピアノとの再会です。

今度こそ、仲良くなることができるでしょうか。

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実家のピアノがグランドピアノだった反動で、

「モモちゃんのピアノは、おもちゃのキーボードでいいんじゃない?」と思っています。

 

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バーナムピアノテクニック(1)

棒人間、かわいいですね。