洋書多読について考える(小1)

保育園時代から少しずつ進めた英語の自力読み。モモ(小1)は、読もうと思えば、ネイティブの同年代の子どもが読むような児童書(チャプターブック)が読めるようになりました。

モモの「英語絵本自力読み」プロジェクトも一区切りかな、と感じます。

 

しかし、

さあ、よかった、めでたしめでたし!

とはなりません。

 

モモは、読めるようになっても、気が向かなければ読みません。

私としては、

読める→楽しい→もっと読む→もっと読めるようになる

というループにのって、ガンガン読んでほしいのです。

 

私自身は、(もちろん日本語の本ですが)、本を読むのが大好きで小学生時代はいつも本を読んでいました。

国語の教科書は、一年生からずっと、もらったらすぐ全ページを読んでいたくらいです。本が大好きでした。

 

それを思うと、モモは本との向き合い方が私と全然違います。

例えば、モモは学校の図書の時間で図書室に行き、本を借りてきたのですが、物語の本ではなくクイズの本を借りてきました。

それがいけないというわけではないですが、私とは違います。

そうきたか、と驚きました。

 

物語の本(日本語・英語)も、気が向いたら読みますが、あまり気が向かないようです。

 

ずっと、親の方でお膳立てして、ご機嫌をうかがって、読むように仕向けないと読まないのだろうか、それはしんどいなと思います。

 

英語動画は、娯楽として毎日見ることが定着しています。私から働きかけなくても、モモが勝手に見て楽しんでいます。時々、私がよさそうな洋画DVDを買うと、それも楽しんでみてくれます。

読書もそうなってくれるといいのですが、そうはいかないかもしれません。

 

モモが毎日の娯楽として勝手に本を読まない場合・・・

①モモの好きに任せ、気が向いた時に読むに任せるか(読まないかもしれない)

②読書の有用性を本人に説き、あまり気が進まなくても毎日読むように日課を設定して読ませるか(一日何分、何ページというように)

 

好き勝手に楽しく読むのが、読書ってものでしょ!

と私はつい、思ってしまいます。

しかし、振り返ってよく考えると、私はクラスのなかでも、よく本を読む方の子どもでした。こう言っては何ですが、誰もが私のように読むというわけではないのです。

 

それでも親が読んでほしいと希望する場合、②のように、親が手取り足取り、子どもを本の世界へ導いてやるしかないのでしょうか。

 

考えてみれば、ピアノのレッスンなども同じです。ピアノが好きで自分から練習する子は少なく、親の声掛けによって毎日の練習が成り立っている子の方が多いでしょう。そばで、文字通り手取り足取り練習に付き合う親御さんもたくさんいると思います。

 

それは大変ですが、「いつか子どもが楽しくピアノを弾くだろう。それが子どもの人生のプラスになるだろう」という希望でやっているのだろうと思います。

 

その結果、「子どものころは練習が面倒だったけど、やっていてよかった」となる人もいれば、「親に無理やりやらされた。苦痛だった。何も身に付かなかった」という人もいるのです。

 

私も子ども時代にピアノをやっていましたが、後者でした。

 

だからかもしれません。モモに圧力をかけて、毎日の課題として、本を読ませることに尻込みしてしまいます。