モモちゃん(4歳半)の日本語と英語②ヤマハを辞めたことが私の親にバレた!

関連記事:モモちゃん(4歳半)の日本語と英語① - 英語育児―モモちゃんの子ども英語

ヤマハ音楽教室幼児科をやめた件

モモちゃんは今年の5月にヤマハ音楽教室幼児科を始めましたが、8月に辞めました。

そのことについての記事↓

ヤマハ音楽教室 幼児科を辞めました - 英語育児―モモちゃんの子ども英語

モモちゃんは、お教室でも家でも弾くのを楽しんでいなかったし、私は私でなだめすかしだましだまし練習を続けさせるだけの情熱がなかったし、ウチには向いていなかったのだ、という結論に達しました。

 

そのことが私の親にバレました。

 

うちの親といったら、幼少期に私にピアノを弾かせようと、嫌がる私の指を鍵盤に押し続け続けた猛者です。(詳しくは過去記事をどうぞ)

私が子どもの頃から「ピアノは素晴らしい、ピアノができないと恥ずかしい、あなたも子どもができたら絶対にピアノを習わせなさい」と言っていました。

 

モモちゃんがピアノ(ヤマハ)を辞めたことを知ると、

「そんな、あなた、モモちゃんがかわいそう、ピアノくらいできないと・・・」

ってなものです。

 

いやー、お母さんのようにはできないっすね!

逃げるわが子を捕まえてはピアノの前に座らせ、怒鳴り叩きながら弾かせ、毎日毎日泣かせるなんて、できないっすよ・・・

(※ちなみに、母の努力にも拘わらず、私は弾けるようになりませんでした)

 

さらに、モモちゃんはバレエに喜んで通っているのですが、「バレエなんてなにも意味がない」というのが母の意見です。

ピアノが弾ければ人生楽しい、を超えて、ピアノをやらなければ人にあらず、のピアノ教なのです。

 

母の前では母の勢いに飲まれてしまう

ただし、ブログを書いている今は、偉そうにこんな風に言っていますが、私は、母の前ではこんな風にはいきません。

ピアノ(ヤマハ)なんて習い事のひとつ、習い事はいろいろやらせてみて、向いているものは続けそうでないものは辞めればいいのだ、と思っているのに、母の前では、ピアノをやめさせるなんてとんでもないことをしてしまったのではという気になります。

 

「モモちゃんがやりたいっていえばまたやらせるから!」

「バレエって将来どうもならないよね、私もそう思う」

と、迎合し、母の機嫌を直そうと、必死です。

母の前では、10歳の頃のままのようです。口が勝手に動きます。

 

後で、強い自己嫌悪に陥ります。

 

「ぜったい○○」ということは、たぶんない

振り返って、私は「モモちゃんに絶対日本語をちゃんと習得してほしい!」と思っていますが、その背景には、私自身が本を読んだり文章を書いたりすることが好きで、それが人生の喜びとなってきたという思いがあると思います。国語の成績も比較的よかったので、色々な場面で助けられました(理数の成績はひどいものでした)。

 

そうすると、自分では「日本語をきちんと習得してほしい」というのは一見当たり前でごくまっとうな願いだと思えるけれど、その先には

「(私と同じように)日本語の機微に魅力を感じてほしい」

「(私と同じように)国語でいい成績をとってほしい」

「(私とモモちゃんで)文学について語り合いたい」

などの気持ちがあるのかもしれません。

母の「ピアノを弾けるようにならないと!」と同じ、不必要に強い気持ちなのかもしれません。

 

セミリンガルというような状態はもちろん避けなければならないけれど。

日本語を十分に操れる普通の日本の大人でも、実際には日本語のレベルはさまざまで、それでもみんなそれなりにそれぞれ幸せにやっているものです。

 

「人間万事塞翁が馬」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」

という気持ちを持ちたいと思いました。

 

モモ家の英語対応

モモ家では日常会話に英語を使わないのに、このところ、モモちゃんはよく英語が口から出ます。

お医者さんごっこのことは、「doctor and nurseごっこ」というし、「患者さん」はpatientです。

こういうときは、私の方で「お医者さん」「看護師さん」「患者さん」という言葉を使いながら一緒にお医者さんごっこをします。モモちゃんに言い直させることはありません。

 

外で、Catch me if you can!と言って走っていくことがあります。

これは、英語でのその言い方が、日本語の表現よりも自分の気持ちを適切に表しているということだと思うので、そのままにしておきます。

 

モモちゃんの日本語力は十分か。

英語の力はどの程度か。

私は自分の価値観を押し付けすぎていないだろうか。

よく気を付けて接していこうと思います。